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書評「北愁」幸田文著

      2016/04/21

幸田文著「北愁」

恋の物語ではない。決して恋にはなり得ない「いとこ同士」の物語である。気の強い野生児のような少女あそぎと、優しく柔和な性格の従兄弟、順治。あそぎは一度だけ順治に恋心を抱くが、それもほんの一瞬、少女期の心の揺れに過ぎず、順治は父の跡を継いで漁師として北へ旅立ち、あそぎは初恋、結婚、出産という誰もが通る平凡な道筋をたどる。遠く離れた地でそれぞれの暮らしを営む二人。やがて夫婦間の不和や病気といった災難がふりかかっても、お互いに直接手を差し伸べることはない。二人はどこまでも「他人」なのである。本来「他人」の関係を描いた小説というのはありえないはずなのに、幸田文の筆にかかると、そこに美しく悲しい叙情が生まれてくる。

Amazon商品説明より

幸田文氏の半生記?

書評「北愁」幸田文著
作者の幸田文氏を知らない人は多いかもしれないが、彼女の父親である幸田露伴は歴史の授業などで知っている人も多いだろう。作者の娘の青木玉氏、孫の青木奈緒氏ともにエッセイストとして活躍している。まさに文筆家一族だ。

「北愁」の出版は1972年で、作者の作家人生ではかなり後、老年期の作品だ。本書出版までの作者自身の人生と、本作の主人公である、あそぎとを比べてみると、「継母と文筆家の父親」、「嫁ぎ先の没落」等々、共通点がとても多いことが分かる。最後の決断があそぎと作者では真逆ではあるが、それは作者自身の後悔というか、もし、そちらを選んでいたらどうなったかを自問自答していたようにも感じられた。作者自身の人生を基にしていると考えれば、起伏のない物語にもある程度納得がいく。物語に起伏が無くても、心理描写が巧みで読んでいて飽きることはなかった。

ただ、親兄弟以外の血縁と関わるようになるのは結婚してからだった気がする。僕にとっては冠婚葬祭が増え、血縁を多少は意識するようになった今だから、飽きなかったんだろうと思う。若いときだったら途中で読むのを止めていたかもしれない。

「北愁」の意味

タイトルの「北愁」であるが、辞書には載っていなかったので、幸田文氏の造語と思われる。「愁」という字は、「うれい」と読む。「北愁」は、「北のうれいごと」という意味にとれる。何のことかといえば、この場合、順治のことを指していると考えて良いだろう。決して交わることは無いけれど、常に心のどこかでうれいている。その心情が上手く描かれた作品だ。

関連動画

なつかしの「知ってるつもり?!」に作者が特集されたときの一部分。画像はあまり良くない。

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